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命名・相性占い・改名・結婚はあなたの事を考えてアドバイスをします。

命名は赤ちゃんの一生を左右します。両親や家族との相性バランスが運命を大きく決定します。バランスの良い命名によって赤ちゃんの運勢を良くし、親子の相性までも考えた命名方法を紹介します。バランスの良い改名によって本人の運勢を良くし、親子の相性までも考えた改名法を紹介します。
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14年5月28日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−未来を語る前に、今の現実を知らなければならない。現実からしかスタートできないからである。
----ピーター・ドラッカー(米国の経営学者・マネジメント研究の第一人者)ー----

現実を知りなさい。こういう話は山のように聞いてきた。誰しも現実を知らないわけではない。現実をどうしていいかわからないだけなのだ。もう一つ現実をどうかする術をと一生懸命なのだが、力がわいてこない。智慧も沸いてこない。どうしてもパワーがないのだ。モチベーションの問題ですか?というとそうでもないという。全くやっかいな病気にかかったようなものである。

ある時に、どうしても成功したいということで友人(男性)がやってきた。彼は、あるネットワークをやっているのですが、それを成功するためにはこのトレーニングに出るしかないということで、誘いに来たのが数年前である。その後、彼が成功したという話は聞いたことがない。この手の話はセミナー屋さんといわれる人がやっていることが多い。だからいい話なのだが、いい話で終わってしまっているのだ。「お坊様のお話しです」「いい話だったよね。でもねー・・」である。一時的なカンフル剤のようなもので刺激にはなるがそれ以上でもそれ以下でもないのだ。

なんだか未来と現実というのは、映画の材料になるような話だが、それくらい現実のウェイトは大きくて未来はかすんで見えてこないということなのだ。ファンタジーというのは仮想現実世界である。仮想なんだけどそこには現実的な出来事がゴロゴロしていて、映画なんだけど見ている人は現実の自分とリンクして感じている世界になる。ビットコインやリップルという仮想通貨も実体の世界があるわけではない。ただプログラムがあるだけである。それをあたかも現実のように感じて人々が共有し始めている。するとそれが現実になるのだ。想いを表現して共有すればそれが現実になる。そして儲かった損したと泣き笑いのドラマが生まれる。

「〜の前に自分」という言葉を考えてみよう。これは自分という現実がある。だから自分をどうするかという課題がそこには隠されている。自分は何をすればいいのか?自分はどんな人間なのか?自分は何をできるのか?自分は誰のために生きているのか?というキーワードになる。でも、「〜の前に」がある。要するに「〜」という前提があって自分という現実が出てくるようになるということである。自分にとって何が大切か!何が必要かと問うには、「〜」という前提を確立しておかねばならないのだ。「〜」という前提を忘れて、成功とか自分を見つめる自己啓発といっても意味がない。「〜」は一人一人自分で見つけることだ。


14年5月22日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−夢をかなえる秘訣は、4つの「C」に集約される。それは、「好奇心」「自信」「勇気」そして「継続」である。
----ウォルト・ディズニー----

「もう還暦を過ぎてしまったねえ!僕らの夢って何だったのかな? 2人で夢を語り合って結婚したけど、その夢って今どうなっているのだろう?」こんな会話が夫婦で語られるようになった人も多いだろう。夢は若者の特権。現実は大人のいいわけ。そんなことが世の世代間のギャップとなっているのは今に始まったことではない。昔からそうなのだ。だから、分別そうな大人から「今時の若者は・・」などという小言も聞こえてきそうである。

でも夢というのは「実現するものだ」という人もいれば「抱き続けるものだ」という人もいる。どちらの考えも正しいと思えるのだが、それは当人次第といえる。
僕としては、夢は実現してこそ夢であると思っている。一つ一つの夢が実現されていって、それらが重なり合って影響し合って新しい何か別のものが生まれるようになってくる。そういう意味では社会の連携は重要である。

でもやっぱり箱庭がいいなとも思う。箱庭というのはどうも日本人には向いているような気がする。日本庭園などは大自然会を小さなスペースの中に凝縮して閉じこめてしまうのであるから、その想像力はたいしたものである。小さな集まりがエネルギーを持っていれば大きな何かを動かすことが可能だ。安定した分子集団の中に、ちょっと不純物を入れるだけで、その安定した分子集団が大変化を起こして拡散するようになることがある。

夢を持つというのは人と違うっていいうことだ。夢を実現するというのは、行動を起こすだけの情熱やエネルギーが必要になる。その原動力って何だろうということだ。人によって皆違うのだろうが、これがないと実現までの様々な困難を乗り越えていくことができなくなる。だから、夢を持つに至った動機が問題だ。その動機が強ければ強いほど実現への「継続」する力になる。ただ何となくこうなったらいいなというのは、それを空想という。空想では人生は何も変わらなくなる。だから、夢を持つ人というのは人と違わなければならない


14年5月18日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−事態を複雑にするのは単純な仕事だが、事態を単純にするのは複雑な仕事である。
----メイヤーの法則----

池上彰さん的にニュースをわかりやすく解説するというのは、とても大変な作業であると思います。中身を理解していて、それも小学生でも理解できる表現に置き換えることができるということです。この能力はそう簡単に身についたものではないと思います。試行錯誤の末にたぶん悪戦苦闘して出てきたことではないかと推察しています。

何故かというと、難しい問題を横文字を並べてわかりきったように難しくいうことは簡単なことなのです。それは相手が理解していようがいまいが関係ないことです。自分の表現だけで自分が納得すればいいだけという実に自己中心的なことなのです。これは、小さな子供が自分流の言葉自分の言いたいことだけをまくし立てて自己主張するのとよく似ています。評論家や学者にこういうのが多い。

世の中には弁証法という手法があります。相手に何かを投げかけてその反応を見ながら対応するというものです。仏教の禅には公案というものがあります。代表的なものには「隻手の声」というのが臨済禅にはあります。「片手で打った音、それを聞きなさい。」ということなのですが、その答えを出すのに簡潔に一言です。説明ではありません。一言ですべてを表現するのです。相手に考えさせることなのですね!

わかりやすい説明というのであれば、誰でも努力すればできます。でも、相手に考えさせるということをしようと思うと、それは大変だということです。いい先生というのはそういう先生なのです。わかったというのは、わかったような気がするということだけなのです。本当はわかってないのです。「人間は考える葦である」といったのはパスカルですが、単純な中に真理を考えさせるということが相手のためになるということなのです。だから教えてはいけないのです

14年5月16日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。
----マタイによる福音書 第20章1〜16節---

前回の続きで、ぶどう園の主人の話である。
文を書くのはなかなか骨が折れることで、〜である調で書いていていつの間にか〜です調に変わっていてと、まあどっちでもという気分になる。
話が横道に行ってしまった。賃金の問題はぶどう園の主人の勝手でしょ!という話にもとれる内容だ。

すると、これは労働者の権利はどうなるの?
これでは不公平ではないか?いや、仕事のレベルと内容が問題ではないか?などと難しい話になってくる。確かに現代社会を見れば、正規社員と派遣社員の仕事の内容が同じなのに待遇が違うことが社会問題になっている。仕組みの問題である。社会構造が変化している中でどのように生きるかという庶民の生き方の問題がある。

でもこれは約2000年前に語られたたとえ話である。誰かに何かを伝えようとしてこの話が出てきたのだ。実はこれは宗教的な話なのである。ぶどう園の主人は神様、労働者は人間、報酬は神の祝福ということである。では、神の祝福とは何かというと、これはスケールが大きいのだ。神様のなさることだからね!創世記第一章28節にはこう書いてある。神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。これが神の祝福である。何とスケールが大きいことか!

これをまとめると、
@祝福を与える権限は神様が持っている。
A神様はどんな境遇の人にも等しく同じように祝福を与えたいと思っている。
B与えられた祝福をどのように考え、どのように使い、神様の理想としたスケールを実現できるかどうかは人間次第だよということ。
だから、このぶどう園の話は経営者と労働者の話ではなくて、神様と人間の関係を表している。
祝福は平等に与えられている。それをどのように実現するかは自分次第ということになる。「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」というのは、人生は神の祝福現実化の競争だよといっているわけだ。やっぱり楽しては生きられないということだ。・・残念!

14年5月13日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−ある人が実際にどんな人であるかを知りたければ、その人がお金をなくした時にどう振舞うかに注目するがよい。
----ニューイングランドの諺----

お金がすごい大切というのは、誰しも知っている。知っていながらこれほど自由にならないものも他にないと思う。でも、不思議なことにお金に対する執着がなかなか出てこないのである。何故だろうかと思うのだが、やっぱり出てこない。余程の馬鹿かもしれないと時々思う。

お金に苦労してこないからそうなのか?とも自問自答してみるのだが、小さい時からお金がない生活をしてきたはずだ。だから、もっとお金に執着をしても良さそうなのだがそれがない。沸々とわき上がってくるやむにやまれぬ想いというものがないのだ。それだけ愛していないのかもしれないとも考えてしまう。

聖書にはぶどう園の主人の物語が出てくる。それは、1日の労働の中で雇った労働者の働く時間がばらばらなのに、労働者のもらった賃金は皆一律同じであったというものである。これで不公平感と不満が朝から働いた労働者から出ました。この不公平感と不満というものは、一見正しいかのように思えるのですがよく考えると間違っています。それは自分中心だけの立場からみて、他との比較によって不満が募ります。でも、ここで考えましょう!

それは、価値観の主体決定権ははぶどう園の主人だということです。このぶどう園の主人の立場から考えてみましょう!すると、報酬の意味がわかってくるはずです。それは時間という価値単位ではないということです。主人の喜びの度合いということになるでしょう!それでは話を元に戻して、朝から働いた労働者の立場ではどうなのでしょうか?この労働者はせっかくの賃金の価値を半分以下に減らしてしまっているのです。それは、喜びが不平と不満になったからです。比較とは自分を中心として横を見るということです。もしこの朝から働いた労働者が主人のことを考えていたらどうでしょうか?自分と同額をもらった同僚によかったねといい、自分も喜びの中に感謝の一日を終えることができ、明日へのよき出発になったと思います。心の価値を減らさない生き方こそ人間らしい生き方といえるでしょう!できれば、この労働者もぶどう園の経営者を目標にすることがいいのではないかと思います。価値観は金銭ではなく喜びという心の満足観なのだと思います。だから、ぶどう園の主人になるべきでしょう!


14年5月12日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−泥棒をしてばれても弁明する。
----韓国のことわざ----

韓国のフェリー沈没事故で、あまりにお粗末すぎてこれは「国家?」なのかと疑いたくなるような状況になっていますね!
この事件で、一番しめしめと思っているのは北朝鮮ではないでしょうか?
国としての体裁もできないような状況では、いつ攻撃しても大丈夫だなという安心感を与えてしまっていますね!

この国は何かがおかしい?と思います。新聞報道みていても常識のかけらもないように思ってしまうのは私だけでしょうかね!弔問にきた大統領に水をかけたり、大統領の献花を捨ててしまったり、新聞報道も沈んだ船は早々と日本製ですと何か沈没と関係がありそうなイメージを相手に与える報道をしたりなど、反日が国是にしてもひどい。

海上警察というところも逃げた船員と同罪だと思うけどね!一般人でも誰でも考えればわかるような潮の干満さえわからず、潮流の流れさえも知らず、こいつら税金泥棒といわれても仕方がないようなていたらくぶりですよね!
それとも、どんな些細なことも中国にお伺いを立てなければ決められないという事大主義が復活したということでしょうかね!

この人達、国民や犠牲者に対しても裁判になればすごい弁明をしまくるのでしょうね!ことわざっていうのは、生活感情から生まれるものですからね!もしそうだとしたらやりきれないですね!みすみす助かる命が無能さによって失われるというのは耐え難いことです。
このような状況で北朝鮮が攻めてきたらたぶん韓国は一挙に崩壊するでしょうね!その時に助けに行きましょうか?と米軍ヘリが飛んできて、日本も助けに行きますよと連絡をすると、「いりません」と断り、また犠牲になるのは国民だけですか?役人は早々と避難していないということかもしれません。



14年5月11日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−どんな偉大な事業も、はじめは、すべて『夢』にすぎなかったのです。だから必要なのは勇気です。前人未到の道をひとり征くには、勇気が必要なのです。真に新しいものは、何ごとであれ、人々の不評を買うものです。だから勇気が必要なのです。----ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャー(アメリカの政治家・学者)----

自分の夢は何か?と考えてみる。何か忘れてしまった気がしないでもない。
夢を持って、何か夢を求めて漠然とであるが生き方を決めてきたのであるが、それも今ははっきりしなくなった。
こんなことでは自分はどうなるのだろうか?常に何か自分が求めて病まないものがあったのに、今はそれさえも思い浮かべなくなってしまった。理想を失ったとたんに老人になるというが、その通りだと思う。どんなときでも挑戦する何かを持つべきである。

こういう感情をもつときって一度はあると思う。人はどんなに悪い状況の中に置かれていても、心のどこかにそれを乗り越えてもっと違う自分を演出できると心の片隅では思っているはずだ。それがあるからこそ、生きているのだと思う。

人間を支えているのは割と単純な動機なんだ。例えば「負けるのは嫌だ」そんな感情である。又は「自分には神様がついているんだ」そう思いきれる人は、新しい道を開拓できる。
諸行は無常である。だから希望がある。怖いのは固定化してしまうことなのだ。

14年4月19日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−人間には、それぞれの運命があるにしても、人間を超越した運命というものはない。----アルベール・カミュ(劇作家)----

不条理を説いたカミュであるが、現実を冷徹に見続けるところから生まれる不合理性こそ不条理としたカミュの思想性は今でもその輝きを失ってはいないと思う。ではその現実とは何かということになれば、時代の中ではぐくまれてきた必然的なものといわざるを得ない。

運命は果たしてあるのかということが、人にとっては最大の関心事であると思う。なぜならば、運命という目に見えない力が働いているならば、その力の前に人は無力であり、結局は自分の持つ運命に従わざるを得ないからだ。しかし、果たしてそうだろうか?

思想というものが、ある時代の持つ課題を解決する考え方として出現するとそれらは当然にその時代の人々に歓迎される。そのことで、その思想性や宗教の持つ考え方が人生を支配することにつながるということになる。
要するに人は環境という枠組みの中から逃げられないのでありその中での生き方を選択せざるを得ないのである。

だからカミュのいうように現実に対峙することから運命というものが生まれてくるのであるが、人はそれに従うかそれともそこから何かを変化せしめるのかという選択をせざるを得ないのである。そこには様々な選択肢があって当然であり、それが自由ということになるのである。運命は自分の自由性の発露であるということになる。現実は神によって与えられ、未来は人の自由が創造する。ということだろうか?



14年2月14日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−精を出して脇目もふらず働く、これがこの世で最も安く最上の健康薬である
----デール・カーネギー(アメリカの作家)----

カーネギーさんはアメリカミズーリ州の貧しい農家に生まれ、そこから「人を動かす」「道は開かれる」などで知られるベストセラー作家にもなった。ビジネス書の草分け的存在である。何ごとでも一つ事を成し遂げるというのは、大変なことでカーネギーさんが成功するに至には、「長年の夢を叶える」ことを忘れていなかったということである。そのチャンスがきた時に、それまでの職を退職と同時に未知の世界に自分を放り込んだということだ。

誰もがみんな成功を願っている。でも成功する人と成功しない人が出てくる。その違いは何だろうか?ナポレオンヒルがいうように、「思考は現実化する」というのだろうか?確かに思考しなければ何も生まれはしない。でも、文化発展の歴史から考えてみると、文化が発展した地域と時代から取り残されてしまった地域の差は何だったのだろうか?彼らが思考しなかったのだろうか?もっと違った要素があるに違いないと思うのだがどうだろうか?

思想というのは何だろうか?それはある時代の抱えている課題を解決するための考え方であり、思考方法なのである。すると、その時代の持っている問題点を明確にするところから思想が生まれてくる。かの有名なマルクスの資本論の労働価値説は当代の労働者救済のための思想である。それが共産主義を生んでいくことになる。そして、その思想も課題解決の役に立たなくなるとゴミ箱行きということになるのだ。そのゴミ箱行きの思想を今でも後生大事に抱えている国が大陸にあることも忘れてはならない。でもやっぱりゴミ箱の運命は避けられない。

現代資本主義成功の三つの要素は、@勤勉A貯蓄B禁欲である。これを個人と社会が実践をしてきたからこそ成功したとある。この背景にはキリスト教の神の祝福という考え方がある。自分は何をするためにこの世に生まれてきたのか?それが「使命」「神の紹命」であるとすれば、そのことに献身することこそ人生となる。日本という国はどんな使命があるのでしょうか?その国に住む私達にはどんな使命があるのでしょうか?歴史を知り、郷土を知り、先祖を知るということから自分が何をすればよいかが見えてくるのである。今必要なのは、そういう教育がなされてないということである。これでは漂流する日本人の将来しか見えてこない。

14年2月10日
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格言−気がつかなかったのかしら。わざと知らん顔したのかしら。
----筒井康隆(作家)----

人間長く生きていると気がつかないふりをして通り過ぎたいことも多いはずだ。そういう人のしがらみを積み重ねるというのも人生だということなのだろう!それにしても、気まずい心の屈託を持ちつつそれが一瞬の通りすがりの時間なのだが、心の時間はわだかまりが止まったままの中にいる。

ソチオリンピックの開会式の実況中継でまたまた中共がやってくれた。日本選手団の入場の時に完全に無視したのだ。日本のNHKは中共の選手団を正当に評価して放送していたにもかかわらずである。こちらは「わざと知らん顔」したのである。この放送員の横顔が向いていた方向は、中共の党幹部に向かっていたのだろうか?党幹部に向かって「わざと知らん顔してやった」という顔を持っていたのかもしれない。

その国にはその国の事情というものがある。でもその国内向けの事情と国際関係の常識的なつきあいというものの優先順位は普通の人間ならば自ずと知っているはずだ。その判断が国内事情に向かわざるを得ないとすれば、何らかの圧力が事前に加わっていたのだろうと考えざるを得ない。そういう国が中共ということになる。

一番怖いのは、意図的に知らん顔された国民がどういう感情を持つかということである。その計算を十分していて「知らん顔している」に違いない。ということは、友好親善の能書きを書きながら本音は両国民の感情の解離をねらっている確信犯に違いない。パンダの愛くるしい「たれ眼」のような紋様の中には、つり上がった鋭い目が隠されている。竹を食べているおとなしい「熊」のイメージだが実は肉も食らうのである。これが「知らん顔」の真の姿なのだろう!

14年2月4日
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格言−自分は組織に使われているのであって、社長個人に使われているのではない。
----童門冬二(作家)----

組織と個人のあり方という問題はいつでもどこでもついて回る問題である。どんなにいい人と思っても、それは組織の中にいる間の出来事であって、一個人となった時にはまた別の顔があるというのは、その通りということになる。封建時代のお家と自分に似ている関係だと思う。

お家の為に個人の希望や生き方を犠牲にする。それが美徳とされた時代である。しかし、形を変えて現代でもこの考え方は生き残っている。跡を継がなければならないので、都会の生活をあきらめて地元に帰ってくるというものとか、親の介護をしなければならないので、自分の夢をあきらめざるを得ないという生き方である。

織田信長と明智光秀の関係もどこかでこれと似ている関係の気がする。天下布武の旗印の下有能な武将を抜擢し快進撃を続ける信長であったが、命令される側の光秀はどうであったか?信長個人を尊敬して、個人の命令として受け取っていたかということだ。たぶん大義の為の組織の行動として受け止めたのだろう。それに対して信長は、自分個人への服従を願った。この辺で信長と光秀はソリが合わなかったのだと考えられる。

部下からみて嫌な上司や社長というのは、いつの間にか個人の感情が優先的に入ってきて、公私混同の命令や指示が多くなったりする。すると、人望を失うということになるのだ。共産主義の国はこの最たるものだ。労働者の天国を標榜しながら、その大義に集まった人に対して、労働者の天国なるものが幻想だとわかった瞬間から、指導者への個人崇拝がはじまる。嫌われる嫌な上司と同じことだ。頼るべきものがない、人望がないから結局は恐怖と力による個人崇拝の強要となる。世界にはそんな嫌な国がまだ存在している。

14年1月28日
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格言−生き残る為には敏感にビビらなきゃいけないからな。
----行成栫i作家)----

サバイバルに必要なことは、勇ましい武勇伝を聞くことではなくて、長い長いうさぎの耳なんだよということを昔聞いた。人を論じる前に動物はどうかというと、動物は本当に恐がりなんだと思う。どんなに恐ろしい牙と鋭い爪を持っていても、それを使う時は食わなければ自分が死んじゃう時と相手から攻撃された時である。得体の知れないものに出会った時は、その恐怖心から攻撃を仕掛けてくる。

その証拠に、腹一杯になったライオンはプライドの中で寝そべっていて別に攻撃する様子もない。だから周りにいるエサとなる草食動物ものんびりと草を食べている。必要でないことはしない。実に自然の摂理にかなった行動をしている。もちろん求愛の時期になると何かと群れで行動する動物は忙しい。でも雌の取り合いごっこも相手を殺すことまではしない。ちゃんとルールがあるのだ。

現代社会は情報戦である。新しい情報を仕入れたものがその情報の価値の大きさによって自分を拡大もするし勢力を広げることもできる。この情報というのは、群れの中でのコミュニケーションから生まれてきた。その情報というのは必要とするコミュニケーションでなければならないのに、悪意を持って発信するものがあまりに多い。人に要求されるものはこの情報の取捨選択である。これが意外と難しいのである。本当に大切なものは人づてにやってくる。この中にも悪意のあるものがたくさんあるということだ。

生き残る為には長い耳で多くの情報をゲットする必要があるが、それよりもゲットした情報を仕分けする思想が大切である。それは情報というものは加工されて新たな情報として次に伝搬していくからである。最近の国際情報では、相手国の情報をゲットしそれを悪意に満ちて自国の政治宣伝の為に加工する国がみられる。思想のない国は自国の利益と自己満足だけの為に下衆の勘ぐりをする。指導者の人格教育も必要だがどうも最近は国の品格教育も必要な気がしてくる。


14年1月25日
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格言−人を知るはも固より易からず、人もまた未だ知り易からず。
----元好問(中国の金末期から元初期の詩人)----

占いの本場である中国でも人知るというのは至難の業らしいということがこの詩人の言葉をみてもわかるというもの。元々人をどうやって理解するかということが占いの原動力みたいなところがあるので、人を占うというのは一番重要なことなのである。でもこの人を占うというのが占いでも一番難しいと言える。

「この人はいい人だなあ」と思ってつきあい始めたら、その人は誰かにうまいこと利用されていて、結果的に悪いことにはまってしまったということもある。人の心を予測するのは、それを占いで行うのはこれも至難の業と言える。この社長はしっかりとして信用できるなと思っていたら、ただの思いこみ型で結果的に嘘つきということもある。

方便というのは、本来の意味は仏に近づく方法という意味なのだが、現代では詭弁と同じような意味で使われている。仏に近づく方策ということであるから、その中には修行ということも当然に含まれている。そう考えると人生というのは、すべての出来事が方便であるということもできる。「うそも方便」というのがあるが、それは仏に近づいてこそ意味が出てくる。仏に近づかないうそは、だましや詐欺に近い。

人を占うということは、その人の神性や仏性を見いだすようにしてやればいいのだが、人の心は天秤である。条件次第によって悪にも善にも傾いてしまう。その人の善を占ってあげてアドバイスをしていても、悪にその人の心が利用さてしまえば、結果的には悪い人という結果が出てしまうことになる。この人は詐欺師ですか?みて下さい。といわれても、詐欺師ですという鑑定を簡単には出せるものではない。自分の心さえ時折わからなくなるのだからね!でも、人物を研究する材料は提供できる。それが情報としての占いでもある

14年1月19日
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格言−「運がいい」という人には、ますますいい運がやってきます。
----中谷彰宏(日本の作家、俳優)----

自己啓発系のセミナーに出てた頃には、よく言われたことがある。あほーめーション(アフォーメーション)ですが、これを壁に向かって1人でやっていると、他からみれば「あほー、おめー」というような光景になる。やっぱりなんだか今から思えば異常なことだ。

心から思えていないのに、「僕は運がいい」これを壁ぬ向かってぶつぶつ言っていたら昔良く見かけた首振りばあさんか、独り言ばあさんやじいさんと同じになってしまう。自分の腑に落ちる為の手法なのだが、どこかで「うそだろう」と想いながらやっていると、ただのお題目をドンドンとならしているに過ぎないということになる。

2014年のセンター試験の今日は、例年になく天気がいい。大寒になろうとしているので寒いのは当たり前だが、今年は天気が穏やかだ。でも受験生の心の中は穏やかではないはずだ。験を担ぎたくなるのは、受験生だけではなく親も同じ心境に違いない。我が家も今夜はオムライスの真ん中、センターに大きな鶏肉(取りに行く)を入れて、末っ子を激励した。「センター取りに行くぞ!」って叫んでいた。

その気になるというのは、すごい力を発揮するものだ。根拠なんかなくてもいいというのはうそで、あんなに勉強してきたのだからできて当たり前。努力という根拠があって「信」につながる。その演出をしてあげられるかどうかが周囲の応援団の責任だ。「自分を信じる」と書いて「自信」になるのだ。何ごとも信じるというのはすごい力になる。口パクのあほーめーションで結果出そうなんていうのは、根性がおかしい。信じるに値する努力にこそ価値がある


14年1月17日
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格言−時世の移りゆきを弁ぜず、一と所にあしをとめて、移り行くを知らざるものは、生涯の下手と申すべきなり。
----松平不昧(江戸後期出雲松江藩主)----

松平不昧さんが言うように、私は「生涯の下手」である。世渡り下手。自分ではそう思っている。特に商売には向いていないと思う。そう思いこんでいるところもあるので、自分はすごいビジネスマンだと思うことにして、努力といっても念じることだけなのだが、いつの間にかお金に振り回されている結果になる。生来お金に対する執着が少ないのだろう。

元々学校を出てからエンジニアになる予定だったから、頭の構造がエンジニア的な発想から抜けきれないのだ。そこにはお金の優先順位が次の次という具合だから、「想い」がお金に行かないのだ。結局職人気質がが変わっていない。それでも社会に出てある結果を出すまでになったのは、このエンジニア的発想のお陰ということにもなる。

マインドマップという手法があるのは、皆さんよく知っていると思う。自分の頭の中身を1枚の紙の上に書き出すのだ。その手法を自己啓発トレーニングというセミナーの中で教えてもらった。早速自分でやってみたが、でも徒労に終わった。やってみると自分の頭の中身はごちゃごちゃで、自分でも収拾がつかないマップができあがってしまった。これが僕の頭の中身だと思うとなんだか先が暗くなった。

「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」という。結局は人生は自分の力量の大きさだけ何だろうなと思ってしまう。ということは、自分を大きくすればいいわけだ。自己啓発というのは自分の中身しか出てこないということだから、そんなのはやめてしまうのがいい。自然も人間の身体もどんどん環境に合わせながら成長している。これからは、自分を創ることをすればいいのだ。時世に合わなくて「生涯の下手」でもいいから、自分で自分を夫婦は二人で自分を創る。その方がお金にはない面白さがある


14年1月13日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−旅の終わりは人生の始まりかもしれない。
----吉村龍一(日本の小説家・元自衛隊員)----

「旅行したいなあ」と思う時がある。そういえば、ぶらっと旅行というようなことをしたことがない。若い時から、これも自分の名前のなせる技なのかもしれないのだが、何か目的がないと「行かない」のだ。実は僕のタイプは目的指向型なので、自分で目的を見つけないと「行く気も起こらない」という困ったものなのだ。

家族の誰かが、「どこそこへ行こうよ!」と言われると、「なんで!」「何の為に」というようなことをつい口が滑ってしまうので、誘った方はそのまま意気消沈!それで、結局は誰も誘わないということになってしまう。そういうところは性格で「損」をすることになる。いいところもあるんだが、それは何か自分で目的を見つけるとそこに執着するので、達成するまで他に目がいかなくなるのだ。これも考えようによっては「損」になるかもしれない。

松尾芭蕉の奥の細道では、「月日は百代の過客」というから、月日というものは過去から未来へと旅を続けているということになる。人は何で旅をするんだろうか?と考えることがある。たぶん答えは人それぞれが持つものだろうと思うが、時間というものには始まりがあり終わりがある。始まりは終わりであり、終わりはまた始まりとなる。すると、神様は「我は始まりであり、終わりである」
といったそうであるから、これは永遠を意味している。

人生という旅は永遠であるけれども、その中に始まりもあれば終わりもあるということなのだろう!だから「旅をしたい!」と思った時は、何かしら「生きる」ということの中で、始まりと終わりを感じているからなのではないかと思う。だから旅は希望という心の灯をともしてくれるようになる。ここら辺で旅の目的なんかうっちゃっておいて、芭蕉のように「道祖神の招きにあひて」というように、ぶらっと旅に出て、人生という時の流れに一時の決着をつけてくるのも風流だと思うのだが。

14年1月12日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−1人で悩みを抱え込んでいると悪い方に悪い方に考えてしまいがちです。
----瀬戸内寂聴(日本の小説家、天台宗の尼僧)----

人間って不思議なもので、寂聴さんに説法されると聞いている方も何となく「そうだそうだ」といつになく頷いてしまっているからやっぱり不思議なのである。
誰でもそうだが、自分が心を寄せる相手からは肯定的に受け取れるが、嫌なやつと思っている相手からはまず心がすでに遮断してしまっている。

先日もある人から今まで仕事で関わってきた人の消息を聞いた。聞いたというよりも話の中で自然に出てきたのだが、その人の名前が出るだけで心のシャッターがおりていることに気がついた。人は愛する人のことには耳を傾けるが、自分を敵視してきた人には心も知らない間に敵視するようになるんだということだろう。「汝の敵を愛せよ」というイエスキリストの教えはレベルが高すぎるということだ。

「三人寄れば文殊の知恵」というのはどういう意味かというと、「文殊」とは知恵をつかさどる菩薩のことで、凡人でも三人で集まって相談すれば、文殊に劣らぬほどよい知恵が出るものだということを意味している。
当然に私達は「菩薩」ではなくて「無明煩悩の凡夫」ですから、三人寄らなければ文殊にはなれないということですが、逆に言うと{文殊=三人の凡夫}ということからすると、三人寄ればいいということになりませんか?

寂聴さんは不思議ですね!このことをよく知っておいでだと思う。人は誰か受け入れてくれる人がいると元気になって力が出てくるということなのだ。だから、相手はすごい人や偉い人でなくていい。何しろ凡夫が三人で文殊ですからね!人の心は自分を受け入れてくれる人を二人持てば十分ということらしい。
「士は己を知る者の為に死す」というのが春秋戦国時代の予譲(よじょう)の話ですが、本当に自分の価値を認めてくれる人の為には死んでもよいというもの。
イエスキリストが「汝の友の為に死することこそ愛である」といったのと同じである。こういう基準の友は多分そう簡単にはいないと思う。でも、自分と同じ凡夫二人くらいは見つけられるはずだ。寂聴さんは人生はそれでいいと言ってくれている。

14年1月10日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−先のことなんて誰にもわかりません。大事なのは、今です。
----森永卓郎(経済アナリスト)----

昔々流行った歌に、「何が悪いのか今もわからない、誰の性なのか今もわからない」といったフレーズがある。
世の中わからないことばかりであるから、それを一つ一つわかろうとすれば大変なことになる。というのは、これも昔の話である。

インターネットというのは実に便利な者である。でもこれも実は人類の英知の結晶でもある。昔は何かを調べようと思っても、百科事典さえなかった。だから、図書館に足繁く通って長い時間をかけてやっと調べたということがほとんどであった。だから、記憶力のある人が頭がよいといって用いられたものである。
ところがインターネットは、ネット環境さえあればほとんどのことが調べられる。わからないことがあれば、ネット上で人力検索できるということで、誰かが懇切丁寧に教えてくれるということになっている。

この前国会でスパイ防止法(特定秘密保護法案)が可決された。左翼弁護士やマスコミは一斉に反対運動を行ったが、政府の巧みな作戦の前には手も足も出なかった格好だ。ところで、スパイといえばスパイする国からみれば最高の愛国者になる。される側からみれば死刑にも値する。それほど機密情報は重要ということだ。日露戦争が限定的に日本が勝利したと言えるのは、明石大佐がロシアで革命工作を支援したから、ロシアの国内事情でロシアが降参したということなのである。そのように考えると明石大佐は国の英雄である。

ちょっと考えてみよう!現在は情報化社会であり、ほとんどの情報が公開されている。ほんの少し、重要な国家機密のみが非公開で守らなければならない国益を損なうものとなっていることと、各企業が抱えている技術情報である。
最近は特許も申請しない企業が増えている。それは技術情報を公開することになるからである。完全に秘密にするには、人間の頭脳の奥深くしまっておくことしかないのである。これからスパイしようとすれば、人材を確保すればいいということになる。だから人材の海外流出から「今を守る」ということが国の未来に連結するのである。


14年1月8日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−企業は一つの賭である。すべての事業は、現在の資源を未来の可能性に投資することである。----ドラッカー(アメリカの経営学者)----

ピーター・ファーディナンド・ドラッカーは、ユダヤ系のオーストリア人でアメリカに移住して、ニューヨーク大学の教授を務め、現代経営学やマネジメントの発明者といわれる人である。
その彼の言葉であるが、頭のいい人はちゃんと予測をできるらしい。ナチスの台頭とその危険性を察知してイギリスを経てアメリカに移住したのである。

占いは予測するということでは、学問的には不十分であるが予測するということの色々なデータを持って判断するという者である。ただそのデータの根拠が現代科学では承認するには貧弱であるということなのだろう!
それでも、人は占いに関心を持つ。何故?

黒猫が自分の前を横切った。
この一つの現象で、何か悪いことが起こるかもしれないと用心し、細心の注意を払って過ごしたので、何ごともなく過ごすことができたという話がある。
雷様がゴロゴロとなったので、これは天の神様が怒っておられるのだろうと我が身を反省し謹んで生活したところ、事なきを得たという話もある。

賢い生き方というのは、一つの出来事から瞬時に何かを予測するということなのだ。そして、それを行動に起こす。この行動はとてつもなく大きなリスクを背負うものでもある。先ほどのドラッカーの場合は教授職を退職して、家族まで引き連れてアメリカまで移住してしまったのである。
小さな出来事から大きなことを予測する。そして行動を起こす。そのようになるかどうかはっきりしない時から予測行動する。これは人生を占うことと同じだと思うがどうだろうか?

14年1月4日
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格言−天に順う者は存し、天に逆らう者は滅ぶ
---孟子(中国の思想家)---

何と4年と10ヶ月ぶりに格言日記を書くことになった。
心境の変化は何ですか?といわれると、この約4年の歳月が物語っているとも言える。
もう一つ、この孟子の言葉通りでもある。

ここでいう「天」というのは、自然の摂理や法則性である。その摂理や法則性という背後には見えない天があって、その理を決めている。だから、天に従うというのは神や仏に従うことと同じ意味と思える。人生も同じで自分のその時々の判断が順天か逆天かという判断は、その時にしかできない。間違っていても恐れずに決断はするべきである。結果は天が示してくれというわけだ。

ローマの信徒への手紙/ 09章 21節に
焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に、一つを貴くないことに用いる器に造る権限があるのではないか。
と記されている。これは器には目的に応じた使い方があって、それはあらかじめ作る者によって定められているというものである。それでは、自分は何の意味があってこの地上に誕生させられたのだろうか?そのことを考えてみようと思う。自分の器の意味である。

だから何のために、誰のために生きるのか?自分の生きるということの使命である。
それがわかれば苦労はしないということだが、実は自分が一番よく知っているはずなのだ。この4年間探し求めてきたのだが、本当は探さなくても心は知っていたのだ。自分がどうすればよいか?自分のおるべき所はどこか?本当は知っていたのだ。それを邪魔したのが過ぎたる欲望であることも知っていた。2014年自分のおるべき所から出発しよう!

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