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占い一言コラム 改名編10
◆改名というのは、そこに相当の理由があるからこそ改名という手段に至ることが分かる。それでは名を改める理由というのは何だろう?一言でいえば「新生」である。再び骨髄の中に入って、新たな血を造り出す。甦りではない。新たなる誕生だ。だから、改名後には新しい天と新しい地が用意されている。
◆自分の名前を考えてみると面白い。気がついてみると皆が自分をそう呼んでいる。それを不思議とも思わないで受け入れてきた。でも、呼ばれている自分とその名前は本当の自分なのだろうかというのがいつも心のどこかで叫んでいる。そんな経験をした人もいるはずだ。そんな時は、新しい自分を創りなさいという叫び声だ。もう一人の自分がそれを要求している。改名はその心の叫びに答えるということなのだ。
◆改名することにはロマンがある。そのロマンは時間をかけて自分造りをしなければならないから、ある意味では自分に対する投資でもある。だからそういうロマンを持てるということが素晴らしく生きているということだ。たとい今悩んでいても、改名で自分にかける希望を持っているということは、人生という壮大なロマンを愉むことになるのだ。
◆改名というのは、自分を改めるということである。自己の改革というエネルギーがそこにはある。このままでいることを潔しとはしない「力」を持っている心の方向性が「改名」へと向かわせるのだ。それは新しい自分を発見するためのチャレンジである。
◆改名という考えは実は生と死の二つの狭間の中にある。それは、宗教に深く根ざしている。仏教では戒名がそれである。戒名は実は死んでつけるものではなくて、お坊さんになったときにもらう新しい名前である。これは新しく仏の元で生まれ変わったことを意味している。同じことが西洋でもある。キリスト教のホーリーネームである。これも洗礼を受けてもらう名前である。ココには生から死への復活の意味が込められている。改名も生から死への復活ということと同じなのだ。
◆改名することは、自分を新しくするということである。これは前から言ってきていることなのであるが、それではなぜ改名と自分が一致するようになるかということが問題である。それは、人間が自己創造の結果物であるということなのである。様々な心的な環境によって自己が創られてきているので、改名という心的な環境を変えるということが、新たな自己を生むことにつながるのである。
◆改名はそれを願う人の動機の強さが問題だ。何故かというと、新しい自分を出発するのに、古い自分にとらわれていては、最新の自己創造はできなからだ。新しい葡萄酒は新しい革袋に入れるべきである。というのが、正しい改名の仕方になる。新しい革袋は、改名の名前であり、新しい葡萄酒は生まれ変わった自分なのである。
◆「改名しようかな?」と思う人のほとんどが、自分の人生でいいことがないのは名前が悪いのではないか?と考えてのことだと思う。それは半分あたっているけど、半分はあたっていない。というのも、姓名の持つ運命式は、それを運用する人の活用の仕方にも依るからである。どちらにしても、自分造りをもう一度したいと思う人であるならば、改名ほど効果のあるものはない。
◆改名をすることで自分は新しい自分を演出したいと思うのだろう!だから、趣味などで何かの作品を発表するようなチャンスに恵まれたときには、「雅号」を持ち出す。新しい生まれ変わった自分をみて欲しいからに違いない。そんな変身願望を満たしてくれるのも改名というペンネームだ。だからプチのつもりで一字を変えてもそれは大きく運命式に変化を及ぼす立派な改名になるのだ。その恐ろしさと素晴らしさは、同じように運命式に表れる。
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